脇差の激安通信販売 専門店

日本刀バナー.psd

リストからご覧になりたい脇指クリックして下さい。

重要刀剣 脇差

特別保存刀 脇差

保存刀剣 脇差

▲ ページトップへ  

 人間国宝 保存刀剣
宮入昭平作 昭和三十一年二月日

日本刀 宮入昭平.jpg

ご成約済です ありがとうございました(sold out)

Please feel free to contact me with questions about orders or products.

保存刀  宮入昭平作 昭和三十一年二月日

刀剣種別 『脇指』  『Wakizashi』

銘 『宮入昭平作 昭和三十一年二月日』
MIYAIRI AKIHIRA saku , showa31/2

日本刀 鑑定書 日刀保 NBTHK  『保存 刀剣』 Hozon Paper

<備考>

時代『昭和31年』 Production age 『AD1956』
人間国宝(国指定重要無形文化財保持者)

▲ ページトップへ  

特別保存 刀剣『一 出羽守行広』脇差

ご成約済です ありがとうございました(sold out)

脇差の詳細画像はLinkIcon

日本刀 種別 『脇差』  『Wakizashi』
銘 『一 出羽守行広』  『Ichi Dewanokami Yukihiro』
列位 『新刀上作、業物』
鑑定書『日刀保 特別保存刀剣』
NBTHK 『Tokubetsu Hozon paper』
時代『寛文-天和』 Production age 『Kanbun-Tenwa 1663-1683』
新刀位列『上作』
業物位列『業物』

初代忠吉の孫にあたり初代正広の弟、天保5年に出羽大掾を受領、寛文3年に出羽守に転じました。江戸初期の寛文新刀期の肥前刀を代表する名工「一 出羽守行広」です。行広は鍋島家のお抱え鍛冶も勤めており、その手腕は大変優れております。また研究にも熱心で長崎では阿蘭陀鍛えを習得し、石堂派の鍛冶に備前伝の奥義を学び肥前刀と石堂備前伝を融合させて見事な作風を確立しました。出来よく傑出の脇差です。

脇差 行広.jpg

▲ ページトップへ  

脇差 保存刀剣『宇多』保存刀装具『黒漆金朱革目塗鞘拵』

ご成約済です ありがとうございました(sold out)
脇差の詳細画像はLinkIcon

日本刀 種別 『脇指』  『Wakizashi』
銘 『無銘』  『Mumei』
鑑定書『日本美術刀剣保存協会 保存刀剣 保存刀装具』 NBTHK 『Hozon Paper』
時代『室町』 Production age 『1393〜』

宇多派は、国光が祖となり国宗を筆頭に活躍した刀工群である。本国大和物や山城物を思わせる地鉄のものなど作域は広い。本作は室町宇多と極められた一振。地鉄は地沸細かにつき地景入り淡く乱れ映りが立つ。古い山城物を思わせる地刃は鉄色明るく冴え潤み、乱れて砂ながしかかり長い稲妻が二重三重にはいり、出来は見事でありである。黒漆金朱革目塗鞘拵は、枯木目文鋤下彫金色絵の一作金具であり、細工は細密で出来が優れる。

脇指 宇多.jpg

▲ ページトップへ  

脇差 重要刀剣 『畠田真守』

ご成約済です ありがとうございました(sold out)
脇差の詳細画像はLinkIcon

日本刀 種別 『脇差』『Wakizashi』
銘 額銘『真守』  『Sanemori』
日本刀鑑定書『日刀保 重要刀剣』 NBTHK 『Juyo Paper』
時代『鎌倉中期 文永頃』 Production age 『1264〜』
日本刀 位列(等級)『古刀上々作』
附 白鞘 脇差 拵

畠田真守は、畠田派の祖である畠田守家の子である。備前国畠田派は、長船に隣接した畠田の地に福岡一文字派の守近を祖として大いに繁栄した一派で、その子に守家がいる。一般に二字銘に切るものが多いが、「備前国長船住人左馬尢真守造」と長銘に切った作例も現存する。この脇差は茎に素剣と腰樋が残り、元々脇指としてではなく太刀として造られたものであることが分かる。映り立つ丁字乱れ、小沸付く互の目交じりの傑作 脇差である。

脇差 真守.jpg

▲ ページトップへ  

脇差 特別保存刀剣『肥前國河内大掾藤原正廣』業物、新刀上作
附)『黒蝋色塗鞘脇差拵』

ご成約済です ありがとうございました(sold out)
脇差の詳細画像はLinkIcon

日本刀 種別 『脇差』  『Wakizashi』
銘 『肥前國河内大掾藤原正廣』  『Hizen no kuni Kawachi daijo Fujiwara Masahiro』
日本刀 鑑定書『日刀保 特別保存刀剣』 NBTHK 『Tokubetsu Hozon Paper』
時代『江戸時代 寛文頃』 Production age 『1661』
日本刀 位列(等級)『業物』『新刀上作』

河内大掾正廣の脇差である。初代忠吉の孫であり近江大掾忠広の代作も務める。佐賀鍋島藩主の覚えめでたく、藩主以外の受注を禁止され『御留め鍛冶』とされた名工である。寛永元年に忠吉名を襲名したが、翌寛永二年に藩主鍋島勝茂の命により『正広』と改名をした。寛永五年に河内大掾を受領する。出来良く健全な脇差である。拵『黒漆塗鞘 脇差 拵』竹林虎図の縁と頭、傷みの無い綺麗な拵が附されている。小柄は無し。

脇差 正広.jpg

▲ ページトップへ  

脇差 保存刀剣『末手掻』

ご成約済です ありがとうございました(sold out)
脇差の詳細画像はLinkIcon

日本刀 種別 『脇差』  『Wakizashi』
銘 『無銘』  『Mumei』
鑑定書『日刀保 保存刀剣』
NBTHK 『 Hozon paper』
時代『室町時代』 Production age 『AD1394~1570』

大和五派の一つ手掻派は奈良東大寺の西の正門である輾磑門の門前に住して東大寺に従属し、鎌倉時代後期の包永を祖とし室町時代まで続きます。包氏、包友、包吉、は後に美濃に移住し「包」の字を「兼」に改め、それぞれ兼氏、兼友、兼吉、と名乗ったと云われたいます。その手掻派の中で室町時代の物を総称し末手掻と言われています。その作風は優しい姿で鎬が高く、地金は板目に柾目肌が交る出来で、直刃の作品が多いです。この脇差も直刃の美しい出来です。

脇差 末手掻.jpg

▲ ページトップへ  

脇差 特別保存刀剣 初代『和泉守藤原國貞』大業物

ご成約済です ありがとうございました(sold out)
脇差 詳細画像はLinkIcon

日本刀 種別 『脇差』  『Wakizashi』
銘 『和泉守藤原國貞』  『Izumi no Kami Fujiwara Kunisada』
日本刀 鑑定書『日刀保 特別保存刀剣』
NBTHK 『Tokubetsu Hozon paper』
時代『寛永』 Production age 『Kanei 1623~1648』
日本刀 列位『大業物』Ouwazamono

初代『和泉守藤原國貞』は堀川国広門人であり、大阪で和泉守を受領しました。子供は大阪新刀の巨匠『井上真改』です。刀剣列位では『大業物』にランクされます。出来の優れた脇差です。

脇差 和泉守藤原国貞.jpg

▲ ページトップへ  

脇差 保存刀剣『常陸守藤原広辰』

『ご成約済です ありがとうございました』
脇差の詳細画像はLinkIcon

日本刀種別 『脇差』  『Wakizashi』
銘 『常陸守藤原広辰』  『Hitachi no kami Fuziwara Hirotoki』
日本刀鑑定書『日刀保 保存』 NBTHK 『Hozon Paper』
時代『寛文-江戸』 Production age 『Edo』
国『美濃』  Production country『Mino』

脇差 常陸守藤原広辰.jpg

▲ ページトップへ  

特別貴重刀剣『助高』特保保証

『ご成約済です ありがとうございました』
脇差の詳細画像はLinkIcon

日本刀 種別 『脇差』  『Wakizashi』
銘 『助高 源寛繁所持』  『Suketaka』
裏銘『享和壬成八月正秀携 権僧正巌蔵梵書』
日本刀 鑑定書『日刀保 特別保存保証』
NBTHK 『 Hozon paper』
時代『寛文-天和』 Production age 『Kanbun-Tenwa1663-1683』

助広門人、摂津住助高、梵字と二本樋が大変美しい脇指です。梵字は『権僧正巌蔵梵書』と書いた僧の銘が入っています。表と裏にそれぞれ所持していた人の銘が切られています。脇差の所持者銘は大変に珍しく、伝来を示す貴重な資料になります。特保合格保証をさせて頂きます。

脇差 助高.jpg

▲ ページトップへ  

脇差 特別保存刀剣『賀州住兼若』

『ご成約済です ありがとうございました』
脇差の詳細画像はLinkIcon

日本刀 種別 『脇差』
銘『賀州住兼若』
日本刀 鑑定書『日刀保 特別保存』
時代『明暦〜延宝頃』
初代賀州住兼若は『加賀正宗』の称があり、旧藩時代には、『兼若の日本刀を持っている武士なら禄はひくくても娘をやろう』とまで言われたそうです。非常に技量の高い刀工であり良い脇差です。

脇差 兼若.jpg

▲ ページトップへ  

脇差 特別保存刀剣『肥前國佐賀住正広』

『ご成約済です ありがとうございました』
脇差の詳細画像はLinkIcon

日本刀 種別 『脇差』
登録『長野県 63956』
銘『肥前國佐賀住正広』
裏『寛永八年二月吉日』
日本刀 鑑定書『日刀保 特別保存』
初代 河内大掾『肥前國佐賀住正広』切れ味列位は業物の脇差です。初代正広は藩主鍋島勝茂のお抱え工(御留め鍛冶)で藩主以外の日本刀の注文は受けていませんでした。よってこの御刀も藩主鍋島勝茂からの依頼で打ったものと言う事になります。裏年記が入って生茎、特別保存で金線が激しく入る傑作日本刀です。大変真面目な脇差です。

脇差 肥前國佐賀住正広.jpg