重要刀剣 『坂倉言之進源照包 越後守包貞同作之』

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更新日 2017-04-24 | 作成日 2008-07-02

重要刀剣『坂倉言之進源照包 越後守包貞同作之』

刀剣種別 『刀』  『katana』
銘 『坂倉言之進源照包 越後守包貞同作之』同人銘
『Sakaakura gonnoshin TERUKANE (Echigo no kami KANESADA)』
日本刀 鑑定書『日本美術刀剣保存協会 重要 刀剣』 NBTHK 『Jyuyo Paper』
時代『延宝八年頃』 Production age 『AD1680〜』

新刀鍛冶綱領/神津伯 所載
日本刀大鑑(新刀編一)/本間順治・佐藤貫一 所載
日本刀工辞典(新刀編)/藤代義雄 所載
新刀大鑑/飯村嘉章 所載
大阪新刀図譜/中宮敬堂 所載

ご成約済です ありがとうございました(sold out)

 初代越後守包貞は大阪に住し、初代助広の若打に見えるような互の目を得意としたがその歿後、弟子坂倉言之進照包は養子となって二代越後守包貞を襲名した。これは初代包貞の実子が幼少であったためによるもののようであるが、一般には二代の越後守は、朝廷の許しを受けなかった為に叱責をうけ、隠居し坂倉言之進に改めたと言われている。越後守包貞から坂倉言之進に改名したことは事実であり、『坂倉言之進源照包』裏『改 越後守包貞』ときったもの、又『越後守包貞隠居』裏『坂倉言之進源照包』と銘したものもあって明白である。
 重要刀剣図譜には『照包と越後守包貞との合作と見なければならない』との記載があり合作とされるが、これは全くの誤りである。日本美術刀剣保存協会がなぜこの銘から合作などと判断をしたのかは理解に苦しむところである。しかしながら神津伯氏が新刀鍛冶綱領の中で、この刀を照包および二代包貞(言之進)の合作として、『余は本文に於いて言之進照包と二代越後守包貞を同人として記したりしが、此の両作刀を見るに及んで初めてその然らざる(そうでない)を知りたり」と記している事からも、坂倉言之進源照包と二代越後守包貞が同人である事すら定かではない時代があったものと思われる。この刀は『日本刀大鑑』にも所載されていおり、本間順治・佐藤貫一の両氏の見解としては、『越後守包貞』銘から『言之進照包』へと改名したことで世間にはわからなくなってしまう。そこで先に挙げた隠居銘のものおよび『改 越後守包貞』銘の作だけでは十分に周知しないと見て、『越後守包貞同人 坂倉言之進源照包』という意を含めたのであろうとしている。藤代義雄氏も日本刀工辞典(新刀編)の中で、『私はこれを照包がその前身を但し書きにしたに過ぎないと鑑る。』と記しており、飯村嘉章氏も新刀大鑑の中で、『二代包貞同人、言之進照包銘の作であるが表裏に同人の前銘と後期銘を刻すは貴重なり。』と記している。現在は田野辺道宏氏の鞘書きにより、合作ではなく同人銘である事が結論づけられている。日本刀大鑑を始め多くの刀剣書籍に所載され、古来から大変有名な刀である。見事なる出来栄えは同作中屈指の優品と称えられており、資料的価値も極めて高く、坂倉言之進照包の代表作と言える作品である。


『形状』鎬造、庵棟、反りやや浅く、中鋒伸びる。
『鍛』小板目肌よく詰み、地沸細かにつき、地景細かに入る。
『刃文』濤瀾風、大互の目乱れ交じり、匂い深く沸つき、足太く入り、砂流し交じり、焼きだしがある。
『帽子』直ぐ、先小丸、長く返る。
『茎』殆んど生ぶ、先浅い入山形、鑢目筋違、化粧鑢かかる、目釘孔二。
『附』白鞘、拵

『寸法(Size)』
長さ(Blade length)2尺3寸2分半 70.4cm、反り(Sori)5分半、
元幅(Width of moto)9分7厘、先幅(Width of saki)7分、

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