保存刀剣『大慶直胤(金象嵌)成応(花押)』

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更新日 2017-06-24 | 作成日 2008-07-02

保存刀剣『大慶直胤(金象嵌)成応(花押)』光敬研之

刀剣種別 『刀』  『katana』
金象嵌銘 『大慶直胤(金象嵌)成応(花押)』
『Taikei NAOTANE』
日本刀 鑑定書『日本美術刀剣保存協会 保存 刀剣』 NBTHK 『Hozon Paper』
時代『天保』 Production age 『AD1830〜』
新々刀位列『最上作』

ご成約済です ありがとうございました(sold out)

直胤は、安永七年に出羽国山形に生まれ、本名を庄司(荘司)箕兵衛と称し、大慶と号した。文政四年頃に筑前大掾を受領し、嘉永元年に上洛して美濃介に転じている。彼は若年の折に江戸に出て、水心子正秀の門に入り、後に、師と同様に秋元候に仕え、細川正義と共に水心子門下の逸材となった。水心子入門の時期については明らかではないが、彼が二十三歳の時の作刀に『庄司直胤 寛政十三年正月日』の銘があることから、これより二、三年前の寛政十一年頃と推測され、文化初年頃に独立したものと考えられる。安政四年五月七日、七十九歳で歿している。
この刀は、板目に大板目や杢が交じった鍛えを呈し、直胤独特の肌合いを示し、地沸が厚くつき、地景がさかんに入っている。刃文は小互の目乱れに小のたれ・尖りごころの刃が交じり、足入り、匂深く、小沸が厚くつき、総体に砂流し・沸筋がかかる。直胤の相州伝の作例であり、幅広で大鋒が一段と延びた豪壮な体配と、覇気に富んだ刃文とがよく調和しており、見事な出来栄えを見せている。

本阿弥成応(直之丞成応)は、光意系本阿弥家十四代当主である。幕末から明治にかけての光意系当主は、十四代本阿弥成応と、十五代本阿弥成重(平十郎成重)であった。特に本阿弥成重とともに宮内庁の御刀の御用係を勤めた安達貞十郎は出羽の出身で、同郷の刀工大慶直胤と交流が深く、その刀を多く研いでいた事からも、師である本阿弥成応が金象嵌銘を切っている事は自然である
鞘書きには『光敬研之』とあり、研磨は小野光敬であることが記されている。人間国宝である小野光敬は、本名清之助、本阿弥光遜に師事し、万剣制作に関する基礎的知識を得ると共に、相州伝を中心に各伝の鍛法をいかす正統な技法を修得した。戦後は東京国立博物館学芸部工芸課刀剣室に勤務。丙子椒林剣・七星剣・正倉院蔵刀剣類研磨にたずさわる。重要無形文化財の保持者である。

『形状』鎬造、三ツ棟、重ね厚く、幅差先まで落ちず、反り深くつき、踏ん張りごころがあり、大鋒延びる豪壮な体配。
『鍛』板目肌に大板目肌、処々杢目交じり、地沸つき、地景さかんに入る。
『刃文』小互の目乱れに小のたれ・尖りごころの刃が交じり、足よく入り、小沸が厚くつき、砂流し・沸筋がかかる。
『帽子』小乱れわずかに湾れ、小沸深く、掃掛けぎみに小丸深く返る。
『茎』生ぶ茎、鑢勝手下がり、平山形茎尻、目釘孔一。
『彫』表裏棒樋掻流す。
『附』白鞘、拵


『寸法(Size)』
長さ(Blade length)73.2cm、反り(Sori)2.4cm、
元幅(Width of moto)3.3cm、先幅(Width of saki)2.9cm、
元重(Thickness of moto)0.8cm 先重(Thickness of saki)0.6cm

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