保存刀剣『於頭山満翁邸内繁継作(刻印トキワ)昭和十三年五月日』

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更新日 2017-04-24 | 作成日 2008-07-02

保存刀剣
『於頭山満翁邸内繁継作(刻印トキワ)昭和十三年五月日』

刀剣種別 『太刀』  『Tachi』
銘 『於頭山満翁邸内繁継作(刻印トキワ)昭和十三年五月日』
『Touyama mitsuru teinai ni oite SHIGETSUGU tsukuru (Tokiwa)』
日本刀 鑑定書『日本美術刀剣保存協会 保存 刀剣』 NBTHK 『Hozon Paper』
時代『昭和十三年』 Production age 『AD11938』

ご成約済です ありがとうございました(sold out)

栗原彦三郎昭秀は、廃刀令後の廃滅に瀕した日本刀をよみがえらせた人物であり、多年の試行錯誤を経て昭和八年7月5日、東京市赤坂区氷川町の自邸(勝海舟旧邸)に日本刀鍛錬伝習所を開設した。ほぼ同時期に、荒木貞夫陸軍大臣の手により財団法人日本刀鍛錬会が発足しており、その鍛錬所が靖国神社境内に設けられ、鍛冶始めを執り行なったのは伝習所が開かれた三日後の事であった。この二つの団体の創設は、近代以降の刀剣史上特筆される画期的な出来事であった。日本刀鍛錬伝習所は日本刀の廃絶は日本精神の廃絶につながると考え、刀匠精神の涵養と鍛刀技術の向上を目的にしていたのに対して、靖国の日本刀鍛錬会は、国粋たる日本刀を鍛錬して、主として将校や同相当官の軍刀整備に資すると文言を異にしている。
笠間一貫斎繁継(笠間義一)は、明治三十二年伯父宮口繁寿に入門、三十六年東京に出て森岡正吉の指導を受ける。栗原彦三郎の日本刀伝習所の師範を務め、その後渋谷の頭山邸内常盤松刀剣研究所で主任刀匠となる。宮内省御刀係拝命・日本東部鍛練刀工業組合副理事長・東京赤坂日本刀伝習所師範・帝展最優位入選、数々の献上刀を作成し、門弟には人間国宝の宮入昭平、塚本起正ら名を連ね、現代刀工の第一人者である。
頭山満は明治から昭和前期にかけて活動した国家主義運動の草分け的存在であり、政治結社「玄洋社」の総帥をつとめ、後の愛国主義団体や右翼団体に道を開いた。最も危険な影響力のある国家主義団体とされた黒龍会顧問となるなど、右翼の巨頭であり黒幕的存在である。


『形状』鎬造、庵棟、反り深めで、中鋒、生ぶ刃を残し健全。
『鍛』小板目鍛よく練れて美しく詰み、地沸付く。
『刃文』小沸深く、小丁字乱れに蛙子丁字交じり、飛焼きかかり、小足入り、丁字刃の頭を貫き砂流し幾重にも細かに入り、上半は一層焼刃幅高くなる。
『帽子』一枚になるほど焼幅広く大きく乱れ、先小丸に返る。
『茎』生ぶ、横鑢目、中丸棟、山形茎尻、目釘孔一。
『附』白鞘

『寸法(Size)』
長さ(Blade length)65.7cm、反り(Sori)1.6cm、
元幅(Width of moto)3.2cm、先幅(Width of saki)2.1cm、
元重(Thickness of moto)0.75cm 先重(Thickness of saki)0.5cm

日本刀 於頭山満翁邸内繁継作.jpg

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