特別保存刀剣『大村加卜末孫 水心子正秀 尉造之 真十五枚甲状鍛之』

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更新日 2018-08-01 | 作成日 2008-07-02

特別保存刀剣
大村加卜末孫 水心子正秀 尉造之 真十五枚甲状鍛之

刀剣種別 『刀』  『katana』
銘 『大村加卜末孫水心子正秀尉造之 真十五枚甲状鍛之』
『Ohmura Kaboku Masson Suishinshi MASAHIDE kore wo tsukuru』
日本刀 鑑定書『日本美術刀剣保存協会 特別保存 刀剣』 NBTHK 『Tokubetsu Hozon Paper』
時代『安永9年頃』 Production age 『AD1780』
新刀位列『新々刀最上作』

ご成約済です ありがとうございました(sold out)

水心子正秀は、刀剣史上に新々刀期という新たな一紀元を拓いた新々刀の巨匠である。新々刀最上作刀工であり、安永九年(三十二歳)頃の作品と見られる。作風は正秀の初期に見られる相州伝の大乱れ刃であり、正秀が後期に得意とした備前伝の作より圧倒的に人気が高く希少である。銘文は正秀の来歴を物語る好資料であり、「大村加卜末孫」とあるがこれは血統的に子孫であることではなく、師弟関係の上で系統を引いているということを意味する。「尉に之を造る」とは加木に倣った銘であり、「与は鍛冶に非ず」といい加木が武士であることを誇示した様に、正秀もまた山形藩士であるということを示したものである。加卜は自筆本である「大村加卜鍛法伝」で伯耆安綱をあげ、安綱の鍛法を「真十五枚甲状鍛之」と記している。加卜が安綱を理想としていたであろう事は「欲聞九百年中之物語」の銘文によっても判るが、安綱の鍛法を仔細に知るはずもないことから、鍛法については加卜の想像をそのまま正秀が受け継いだのではないかと推測する。この作品は水心子正秀が、安綱をはじめ粟田口物や相州物の古名刀に憧れ、再現しようとしたことをうかがえる貴重な資料的価値をあわせ持っている。正秀の初期代表作であり、相州伝の作品の中でも特に出来の良い一口である。

日本美術刀剣保存協会 「刀剣美術」 鑑刀日々抄 四二四号所載
日本美術刀剣保存協会 「刀剣美術」 二一四号所載

『形状』身幅ある鎬造、庵棟、反り浅く、元先の幅差少なく、中峰やや延びごころ。
『鍛』小板目鍛よく練れて美しく詰み、地景細かく入り、地沸よく付き、鎬地やや流れ、肌美しく潤う。
『刃文』焼の高い大乱刃、丁字風まじり、匂深く沸よくつき、金筋・砂流し幾重にもしきりにかかり、葉入り、沸が荒くつくところあり、さかんに乱れ、物打より上は皆焼がかかる。
『帽子』ほぼ直に小丸返り、返りは棟焼きへとつながる。
『茎』生ぶ、先細り刃上り、栗尻、目釘孔ニ、茎棟切、鑢目大筋違。
『附』白鞘

『寸法(Size)』
長さ(Blade length)70.1cm、反り(Sori)0.9cm、
元幅(Width of moto)3.05cm、先幅(Width of saki)2.2cm、
元重(Thickness of moto)0.75cm 先重(Thickness of saki)0.5cm

日本刀 水心子正秀.jpg