特別保存刀剣『備前国住長船盛光作 応永二年八月吉日 天正九年上摺之也(長船七郎左衛門尉祐定切銘)』

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更新日 2018-08-01 | 作成日 2008-07-02

特別保存刀剣『備前国住長船盛光作 応永二年八月吉日 天正九年上摺之也 長船七郎左衛門尉祐定切銘』

刀剣種別 『刀』  『katana』
銘 『備前国住長船盛光作 応永二年八月吉日 天正九年上摺之也(長船七郎左衛門尉祐定切銘)』
『Bizen koku jyu Osafune MORIMITSU saku』
日本刀 鑑定書『日本美術刀剣保存協会 特別保存 刀剣』 NBTHK 『Tokubetsu Hozon Paper』
時代『応永2年』 Production age 『AD1395』
古刀位列『古刀上々作』
切味位列『大業物』

ご成約済です ありがとうございました(sold out)

備州長船盛光は室町時代の備前長船派の刀工である、師光の子であり修理亮(しゅりのすけ)と称する。作刀は応永より永享年間まであり、その技量は数代あるといると言われる盛光の中でも特に抜きん出ている。切味位列は「大業物」の古刀七工に名を連ね、父の師光・康光らと共に「応永の三光」と呼ばれる備前の名工である。特に注目すべきは、室町時代初期の応永二年(1395年)に作刀された刀が、およそ200年後の安土桃山時代初期、天正九年(1581年)に、七郎左衛門尉祐定の手により摺上られており、その年号までもが克明に切られている点である。七郎左衛門尉祐定は小早川家お抱え鍛冶であり、位列は上作の上位刀工である。摺上られた天正九年は、本能寺の変の一年前である。小早川家は吉川元春とともに毛利家を支えて「両川」と呼ばれ、天正13年には四国征伐で伊予一国を与えられ大名となった名家である。名将とうたわれる小早川隆景の活躍した時代であり、天正九年は戦国の世の最も動乱に満ちた時代でもあった。七郎左衛門尉祐定の手により摺上げられ、その銘が年記と共に切付銘として切られるという事は、小早川隆景の命によるものと思われ、元来小早川家に伝来した刀であると推考する事が出来る。この刀は良く詰んだ小板目肌に杢が交じり、地景がよく現れよく詰み潤いがあり、応永杢と呼ばれる美しい肌を見せる。焼も高く変化にとんだ互の目丁字はよく乱れ出来宜し。


『形状』鎬造、庵棟、反り深く、中峰。
『鍛』小板目鍛に杢交りよく練れて美しく詰み、地景風のかねが入り肌潤う。
『刃文』互の目乱れ、小丁字・重花丁字交じり、小沸つき砂流し葉を交え小足入る。
『帽子』乱れ込んで飛焼交じり、小丸返る。
『茎』摺上、鑢筋違い、栗尻、目釘孔2。
『彫』表裏棒樋掻通し。
『附』白鞘

『寸法(Size)』
長さ(Blade length)66.7cm、反り(Sori)2.4cm、
元幅(Width of moto)2.85cm、先幅(Width of saki)1.8cm、
元重(Thickness of moto)0.63cm 先重(Thickness of saki)0.45cm

日本刀 備前国住長船盛光.jpg